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Wavelog

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Wavelog
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気がついたら、もう10年
カヌースラロームの試合に出てます。

せっかくなので、
http://www.kondokyosuke.net/
の日記よりも、漠然と思っていることを書く場が
ほしいと思って。
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極北の人

2008/01/13 21:34
動物写真家の故・星野道夫の本を読みました。
1996年、ロシアで熊に襲われ急逝した直後、
写真集などが書店で棚積みされていたことを
覚えています。

かわいらしい子アザラシや、
雪の色に同化していても存在感の大きい白熊、
美しく、実物大が想像できない雄大な風景の写真は
とても目を引くものでした。

極北の人といえば、僕の場合、
植村直己を思い浮かべるのですが、
まったく違う二人であるにもかかわらず
なぜか似たようなものを感じます。

印象だけかもしれませんが、二人とも
自然に対する畏怖
伝統に対する尊敬
未踏の地への憧れ
を持っていた人なのでしょう。

二人とも、海外へ飛び出すきっかけは
人の話であったり
本に載っていた写真
であったと聞きます。

そして、その写真を見た人の中に
憧れを抱く人もいることでしょう。
そのなかに僕も入っているわけですが…

さて、憧れを持つのはよいのですが、
自然に対する畏怖
伝統に対する尊敬
は果たして持ち合わせているのだろうか?
思わず自問してしまいます。
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正常系と異常系

2007/02/18 19:06
最近、柳田邦男の本にちょっとハマっています。

航空事故、原発事故、火災、など、
大小さまざまの事故のレポートと分析を通して、
「安全」の定義を検証している著作が
数多くあります。

安全の定義の検証であると同時に
「リスクマネジメント」
の書であるともいえるでしょう。

ある操作を遂行するためには、
正常系と異常系、2通りの訓練が
必要になります。

正常系の訓練は、
通常の(セオリーどおりの)操作を
確実に行うための訓練。

異常系の訓練は、
起きてはいけない事態が起こったときに、
事態の回復(リカバリー)、
最悪の事態の回避、そして
次善の手を打つための訓練。

思えば、いまやっている
カヌーの練習も、トレーニングの中で
正常系と異常系に分けられるかもしれません。

セオリーどおりのことを
早く、確実に、スムーズに行えるように
練習していると同時に、
ラインを外してしまったり、
バランスを崩してしまったりしたときに
いかにすばやくリカバリーするか
次善の策をすばやく打ってロスを最小限に食い止めるか
も練習していることになります。


『決断の前提となるのは事前の豊富な知識と訓練であり、
その量に比例して決断は早くなるし操作も適切になる』
事故調査」より

言わずもがなのことかもしれませんが、
テクニックのトレーニング
乳酸系のトレーニング
といったトレーニングのジャンル分けだけでなく、
流れの中での、トレーニングは、常に
正常系と異常系のトレーニングのミックスだということを
意識しているのとそうでないのとでは、
短期的な差はなくても、長い目で見ると
大きな差になるような気がします。
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定着の測定

2007/02/14 20:39

身体で覚えたことが、
コンスタントに発揮できるようになるまでには、
どのような過程を経ていくのか、ということを、
少し考えてみました。


最近、コースに出ていて練習をしていて、
うまくいく日とそうでない日の
差がとても激しい。

試合で結果を出すということが、
競技においての至上命題であるため、
現在のこの状況は、
安定して成績を出せないという意味で、
非常に不利であるといわざるを得ません。

しかし、現在合宿中で、
まだ日程の1/3を消化したところ
だということを考えると、
問題にするほどのものでもないか、
とも思えるのです。

@ある動作「A」ができるようになる(前段階よりよくなる)
A次の動作「B」につなげるように崩す(@より悪くなる)
B「A」+「B」=「C」ができるようになる(@よりよくなる)
C次の動作「D」につなげるように崩す(Bより悪くなる)
D@に戻る、ただしアルファベットはCの次のもの
…という過程を続けながら、
グラフにすると右肩上がりの波形を描いていくような
成長ができていれば、安心していられるとおもうのですが。。。

恐ろしいのは、現状のところ、
やってきたことが右肩上がりだったかどうか、
最終的な到達点が、どれくらい初めよりよくなっているか
ということの具体的な成長度合いを測る術が、
「次回の本番」まではないことです。。。

ビデオを撮影しても、動きを見ることはできても、
具体的な数字で成果を図ることは難しい。

あまり頻繁に計測できて、
結果に一喜一憂するのも
問題だと思いますが。。。



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布石

2007/01/28 19:57
シドニーに来て1週間。
ようやく生活のリズムができてきた感じです。


練習。休憩。読書。メールチェックと返信(私用&会社)
これに、くうねる、カッコつきで(あそぶ)をいれれば、
ここでの生活の全てになります。

気分転換や、休息(具体的には、昼寝)はある意味
練習のための準備だし、
仕事のメールは、社会人である以上、
義務みたいなものだし…
どれも欠かせないタスクではあります。


しかしながら、
「これだけでいいのか??」
という疑問がむくむくと頭をもたげてきます。

ほぼ毎日練習があって、疲れているのだけれど、
今目の前にある「小道具」はノートPC一台(ただしネットに繋げる)だけど、
なにか将来につながる布石を打っておかなくてもよいのか?
と思案しています。

もちろん、カヌーの練習をして、
良い成績を出すこと自体が、
向こう数年への布石なのです。
しかし、問題にしたいのは、それではなくて、
考える時間はあるのだから、
向こう5〜10年への布石を打てないか?
と思っているのです。

こればかりは、2ヶ月足らずでは結果がでませんが、
10年後に「2007年のはじめがきっかけだったんだよねー、」
といえる事柄が、ひとつでもあればよいな、
と思っています。

さて…


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今年の抱負

2007/01/06 14:38

本年の抱負は、
まずは日本代表に入ること。
ちゃんとブログをつけること
ブックレビューを更新すること
そして、
ブログとブックレビューが更新できなくても、
いちいちくよくよしないこと

…というように、
よくある「年始の(往々にして3日坊主で終わる)誓い」が
連続した計画をたてる妨げになっている、
というのをどっかで読みました。

つまり、年始で時間軸が「切れて」
しまうことを言っているのですね。

しかし、長期計画というのは、
身近な目標がないと
達成感がなく、メゲてくるものです。

そうなると、
長期目標に対する中短期目標として
年始の誓いが設定されていればいいわけですね。

でも、
何年も前から設定されているものだと
新年のリフレッシュ感があんまりないなあ。。





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人生に答える

2006/12/12 23:06

Webサイトをみていたら、
こんな言葉が引用されていた。


「われわれが人生の意味を問うのではなく、
われわれ自身が人生の意味を問われているのであり、
答える責任があるのだ」
(ヴィクトール・フランクル『夜と霧』より)


「自分探し」という言葉があるが、
これはまさしく
 「人生の意味を問うている」
という状態なのだろう。

きっと、「自分を見つけた」ということは、
答えが見つかった、ということではなく、
「われわれ自身が
 人生の意味を問われているのであり、
 答える責任があるのだ」
ということに気づくことではないだろうか?


答えに近づいているかどうかはわからないし、
自分が答えだと思ったものが正解かどうかも、
蓋棺のそのときまで知るすべがない。

で、あれば、
途中で答えが変わる場合もあるだろうが、
今、為すべきだと思うことに尽力し、
次になすべきことを見据えて備える
以外、なにもしようがないのでは
ないだろうか。
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理不尽の効用

2006/11/29 22:08
季節の変わり目でちょっと体調不良。
あんまりまとまってないけど、
ちょっと深刻な感じでかいてみました。
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自分が何も悪いことをしていないのに
振りかかってくることがある。

理不尽なできごと。
たとえば、怪我・天災。
事故や病気も入る場合があるかも。
急な仕事もこれに入れたいな。。

日ごろの行いがよかったり、
日ごろの努力があったり、
は関係なく、
誠実な人にもそうでない人にも
一生懸命な人にもそうでない人にも
とても平等とは思えないやり方で
災難が降りかかってくることがあります
宝くじは当たらないのになー。

これこそ、運だけ。
人間の行為によって、
それを防ぐことはできない。

しかし、
理不尽な体験を乗り越えた人は強い

なってしまったものはどうしようもないので、
どうやって被害を最小限にとどめるか?

意図しない出来事に対応する能力が
上がると思う。

元のポジションに戻るにしても、
ゼロではなくマイナスからもとの戻ってきているわけだから、
理不尽な目に遭う前のポジションに戻ってきただけでも、
以前のよりも実力は上がっているはず。

乗り越えるだけの強い意志や決意を
もつことができた、という証だともいえる。

ひどい目にはあわないほうがよいけれど、
ひどい目をくぐりぬけてきた人ほど、
物事への対処能力は身についている(はず)

そう考えると、
成長するにはひどい目にはあったほうがよい!
(いやだけど。)

ひどい目にあってぐんと成長できるのと
たいした目にもあわないけど大して成長しないの、
どっちが好きですか?

楽してぐんと成長するなんていう
虫のよい話なんてないのです。
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